赤ちゃんが初めて立ち、歩き、そして走り出す。 この瞬間、周りの大人はこう言います。 「すごいね!」「走ったね!」「早いじゃん!」 実はこの**「走って褒められる経験」**は、人生で最初で、そして最後になる子がほとんどです。 しかし、これはまだ第一歩にすぎません。 本来、ここから「正しい走り方」「身体の使い方」を学んでいく必要があります。 ところが現実はどうでしょうか。 誰が走り方を教えてくれるのか 誰が成長に合わせて修正してくれるのか 答えはほとんどの場合、**「誰もいない」**です。 走ることは「誰でもできる」「みんなやっている」 だからこそ軽視され、指導される機会がありません。 しかし、走りは 幼稚園・小学校・中学校・高校まで、すべての運動の土台になります。 この土台を学ばないまま、子どもたちは成長していくのです。
走り方を学ばないまま成長すると、どんなことが起こるのか。 身体に負担のかかる走り 疲れやすく、進まない走り 転びやすい、ケガをしやすい走り 結果として、「運動が苦手」「走るのが嫌い」と感じる子どもが増えていきます。 さらに深刻なのは、子どもはとても純粋だということ。 少し走り方が変だと、 からかわれる いじられる 笑われる こうした経験が積み重なり、「走りたくない」「体育が嫌」「運動は向いていない」という思い込みにつながっていきます。 これは個人の問題ではなく、スポーツ離れの大きな要因の一つだと感じています。
実際に、子どもたちの運動能力は年々低下しています。 昔は、外で走り回る・友達と鬼ごっこ 気づいたら足腰が強くなっていた そんな環境が当たり前でした。 しかし今はどうでしょうか。 公園での運動制限 スマートフォン・ゲームの普及 コロナ禍による外遊びの減少 特に**「外で走る機会が減ったこと」**は、体力テストの数値低下に直結しています。 昔の子どもは、 「たくさん走っていたから強くなった」 今の子どもは、 「走る機会がなく、足腰が育ちにくい」 これは努力不足ではありません。 環境の問題です。
では、どうすればいいのか。 答えはシンプルです。 走りを“技術”として学ぶこと。 走ることは才能ではありません。 正しいフォーム、身体の使い方、力の伝え方。 すべて技術です。 足腰が弱くても、運動する機会が少なくても 正しい走り方を学べば、変わります。 週に1回のティラノダッシュの習い事でも、結果が出る理由があります。 それだけ効果のある練習があり、実際にコーチ自身も「速くなる」ほどの内容だからです。 考えてみてください。 生まれてから一度も教わらない「走り」 それなのに約15年間、ずっと付きまとう「走り」 これを学ばないまま子ども時代を終えるのは、あまりにももったいない。
走るのが速くなると、何が変わるのか。 体育の時間が楽しくなる 運動会が楽しみになる 自信を持って前に出られる そして何より、 周りの見る目が変わります。 「すごいね」「速いね」 その一言が、子どもの自己肯定感を大きく育てます。 走りが変わると、 見える景色が変わり、 関わる人が変わり、 子どもの行動が変わります。
走りは、ただの運動ではありません。 自信をつくる 挑戦する力を育てる 「できた」という成功体験を積み重ねる そのすべての入口です。 「うちの子は運動が苦手だから」 「今さら遅いかも」 そう思う必要はありません。 むしろ、今だからこそ、今しかないのです。 走りを学ぶことは、子どもの未来に投資すること。 本気で走りを変えれば、人生は本当に変わります。 スポーツの始まりは、走ることから。 その「走り」でつまずいてしまえば、子どもは挑戦する前に立ち止まってしまう。 自信を持って走れるからこそ、好きなスポーツに出会い、挑戦し、楽しさも悔しさも味わえる。 走りは、すべてのスポーツの入口。 その入口で止まってしまう子どもを、私たちは救いたい。